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2018年08月21日

その232 真心で接する

君子、親(しん)に篤(あつ)ければ、則ち民仁に興(おこ)る。故旧(こきゅう)遺(わす)れざれば、則ち民偸(うす)からず。

【筆者意訳】人の上に立つ者が親族に手厚くすれば、民衆は仁愛の情が深くなる。又、旧友を見捨てるようなことをしなければ、民衆は人情が厚くなるのだ。

【ひとこと】この章句は、『論語』泰伯編に出てきます。
”その200 礼節を知る”で取り上げた章句、「子曰わく、恭にして礼無ければ則ち労す~直にして礼無ければ則ち絞す」の後に続く一節です。
「親」とは親族、近親者のこと。最も関係の深いつながりですね。
「篤い」とは真心を込めること、情愛が深いこと。真心を込めて大切に接するということですね。
上位者が、親族・近親者を大切にして、真心を込めて接するようにすれば、民衆はそれに感化されて、自然と仁愛の情が深くなるということです。
「故旧」とは旧友、昔なじみの友人のこと、「偸い」とは不親切・薄情な事です。
上位者が、古くからの友人を大切にして、見捨てるようなことをしなければ、民衆はそれを見習って薄情な事をしなくなる、即ち人情が厚くなるということです。

親族・近親者も旧友も、自分にとっては最も身近で、お世話になってきた存在です。そういう最も大切にしなければならない人たちに対して、情愛を込めて真心を込めて接する、間違っても見捨てる・見限るようなことをしない、それが「仁」であり、上に立つ者がそれを率先して実践することが、良い社会を築いていくことに繋がるのだということを、孔子は言っているのです。

親族・近親者や旧友との付き合いは日常的な事、そういった人との付き合いの中では上辺を取り繕いきれるものではありません。どこかで本音が出るものです。その本音の所で情愛深く真心を込めて接することが大事なのですね。


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