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2019年03月01日

その419 孔子が望んだ看取り(その1)

子の疾、病(おもき)なり。子路、門人をして臣たらしむ。病間なるときに曰わく、久しいかな、由の詐(いつわり)を行うや。臣無くして臣有りと為す。吾誰をか欺かん。天を欺かんか。

【筆者意訳】孔子の病が重くなった。子路は孔子の葬儀を立派なものにしようと思って、門人達を家臣に仕立てて役を割り振った。病状が少し落ち着いたとき、孔子が子路に言った。「お前は久しい間いつわりを行なって来たのだなあ。私には家臣などいないのに家臣がいるかのように見せ掛けて。一体誰を騙そうというのか?天でも騙そうというのか?そんなことできる筈がないではないか。」

【ひとこと】この章句は、『論語』子罕編に出てきます。長い章句になりますので、今日と明日の2回に渡って紹介します。

孔子の病気が重篤になったことを聞いた子路は、孔子を大夫(高級官僚)並みに礼遇して葬儀をしたいと考え、弟弟子達を孔子の家臣に仕立て上げようとしました。孔子は魯国王に仕える身ではなかったので、国老としての処遇はされていましたが、官僚ではなく、従って家臣も抱えていませんでした。しかし孔子は司法長官にまで上り詰めた実績もあるので、子路としては、相当の身分として礼遇したいと考えたのでしょう。

しかしそのような子路の配慮を、孔子は心では感謝しながらも、形式だけの家臣や葬儀は必要ないとして、受けようとはしませんでした。孔子は最後まで、人だけではなく、天を欺く行為も一貫して良しとしなかったのです。
孔子は、弟子の顔淵の葬儀の時も、”弟子たちが盛大な葬儀をしてしまった”と嘆いています(その118参照)。
体裁を整えた葬儀は、自分も含めて望んでいなかったのです。


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