2017年12月26日
その5 人の道
子曰わく、道に志し、徳に拠(よ)り、仁に依(よ)り、芸に遊ぶ。
【筆者意訳】人として正しい道を踏み行なうよう心掛けなさい。そのためには徳(人格)を磨きなさい。徳を磨くには仁(じん)をより所としなさい。その上で知識や技能の習得向上に励みなさい。
【ひとこと】この章句は、『論語』述而編に出て来る言葉で、孔子が人の道(人道)、徳(人格)、学問をどのように考えていたかを端的に言い表している言葉だと思います。
「道」というのは、「人道」即ち人として踏み行うべき道筋、守るべきことを言います。「道徳」と言ってもいいでしょう。”道に志し”というのは、人として正しい道を踏み行うように心掛ける、ということになります。
「徳」といのは、優れた人格のことです。その要素は、「仁(人を思いやること)」・「義(正しいことを行うこと)」・「礼(人に対し礼を尽くすこと)」・「知(知恵を磨くこと)」・「信(嘘偽りのない心)」と言われます。”徳に拠り”というのは、徳の要素である「仁・義・礼・知・信」を磨き人格を高める、ということになります。
「仁」というのは、人に対する思いやりの心です。お釈迦様は「慈悲」と言い、キリストは「愛」と言いました。人篇(イ)に数を表す(二)を書いて「仁」という漢字になります。これは人が二人いることを表します。二人の人がずっと一緒にいて仲良くやっていくためには、お互いへの思いやりが必要ですね。そこから「仁」という言葉は、「人への思いやりの心」を意味するようになったそうです。孔子は五つの徳目(仁・義・礼・知・信)の中でも、「仁」が最も大切なものだと考えました。そこで”仁に依り”です。「徳」を磨くには、その根本に「仁/思いやりの心」を置いて努めなさい、ということですね。
最後の「芸」というのは、知識や技能の意味になります。孔子の時代には、「六芸」と言って、書(読み書き)・数(そろばん)・礼(社会規範)・楽(音楽)・御(馬術)・射(弓術)の六つの知識・技能を、知識階級が修めるべき「芸」としていました。「徳」を磨いて人格を高め、人道を全うすることを道とすれば、「芸」は収入を得て生活していくための術や習い事のことになります。孔子は「芸」を習得することは、有用な人材になるために大切なこととしていますが、その前に、人格を高め道徳に沿った生き方をすることの大切さを教えているのです。
最近は、学校や職場でのいじめ、弱い人や知識の乏しい人への詐欺行為など、悲しい事件が後を絶たなくなりました。日本人の道徳心の劣化が叫ばれて久しくなります。学校教育から「道徳教育」が削られたことが影響しているという意見もありますが、社会における「道徳教育」力を高めること、即ち地域社会が子供を育てる、たとえ人の子であっても正しくない行為は正す、不正や迷惑な行為は見て見ぬふりをしない…など、自らの問題として見つめなおすことも必要ではないでしょうか。
【筆者意訳】人として正しい道を踏み行なうよう心掛けなさい。そのためには徳(人格)を磨きなさい。徳を磨くには仁(じん)をより所としなさい。その上で知識や技能の習得向上に励みなさい。
【ひとこと】この章句は、『論語』述而編に出て来る言葉で、孔子が人の道(人道)、徳(人格)、学問をどのように考えていたかを端的に言い表している言葉だと思います。
「道」というのは、「人道」即ち人として踏み行うべき道筋、守るべきことを言います。「道徳」と言ってもいいでしょう。”道に志し”というのは、人として正しい道を踏み行うように心掛ける、ということになります。
「徳」といのは、優れた人格のことです。その要素は、「仁(人を思いやること)」・「義(正しいことを行うこと)」・「礼(人に対し礼を尽くすこと)」・「知(知恵を磨くこと)」・「信(嘘偽りのない心)」と言われます。”徳に拠り”というのは、徳の要素である「仁・義・礼・知・信」を磨き人格を高める、ということになります。
「仁」というのは、人に対する思いやりの心です。お釈迦様は「慈悲」と言い、キリストは「愛」と言いました。人篇(イ)に数を表す(二)を書いて「仁」という漢字になります。これは人が二人いることを表します。二人の人がずっと一緒にいて仲良くやっていくためには、お互いへの思いやりが必要ですね。そこから「仁」という言葉は、「人への思いやりの心」を意味するようになったそうです。孔子は五つの徳目(仁・義・礼・知・信)の中でも、「仁」が最も大切なものだと考えました。そこで”仁に依り”です。「徳」を磨くには、その根本に「仁/思いやりの心」を置いて努めなさい、ということですね。
最後の「芸」というのは、知識や技能の意味になります。孔子の時代には、「六芸」と言って、書(読み書き)・数(そろばん)・礼(社会規範)・楽(音楽)・御(馬術)・射(弓術)の六つの知識・技能を、知識階級が修めるべき「芸」としていました。「徳」を磨いて人格を高め、人道を全うすることを道とすれば、「芸」は収入を得て生活していくための術や習い事のことになります。孔子は「芸」を習得することは、有用な人材になるために大切なこととしていますが、その前に、人格を高め道徳に沿った生き方をすることの大切さを教えているのです。
最近は、学校や職場でのいじめ、弱い人や知識の乏しい人への詐欺行為など、悲しい事件が後を絶たなくなりました。日本人の道徳心の劣化が叫ばれて久しくなります。学校教育から「道徳教育」が削られたことが影響しているという意見もありますが、社会における「道徳教育」力を高めること、即ち地域社会が子供を育てる、たとえ人の子であっても正しくない行為は正す、不正や迷惑な行為は見て見ぬふりをしない…など、自らの問題として見つめなおすことも必要ではないでしょうか。